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辻噺(小説)

ウラカタヒロが描く、時代物、旅小説。1745年を皮切りに、1800年までかけぬけます。
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ついに百話!今、時代小説辻噺が面白い。

誰も見たことのない時代小説”辻噺”の100話記念まとめ。 限りなくリアルに過去を捏造する手腕をとくとご覧ください。

辻噺 百話 いざ八王子へと向かう

延享二年、七月十日。 真夏の朝の光が、花川戸の土蔵の隙間から、幾筋もの白茶けた矢となって青畳の上に突き刺さっていた。 蔵の中には、まだ昨夜の酒の饐(す)えた匂いと、四万六千日の大祭を戦い抜いた熱気の残滓(ざんし)が淀んでいる。 大祭の売上を前…

辻噺 九十九話 金龍山浅草寺四万六千日鬼灯市

延享二年、七月九日。金龍山浅草寺、四万六千日(しまんろくせんにち)の当日。 本堂へ通じる境内から奥山に至る広場は、早朝から押し寄せた人の海で埋め尽くされていた。 真夏の油照りの日差しが、無数の町人たちの頭上から容赦なく熱気を叩きつけている。 …

辻噺 九十八話 四万六千日に向けて

六月二十九日の宵闇。 花川戸の土蔵の店先で、勝代が煙管をくわえて「泊まっていきなよ」と声をかけたのに対し、番太郎は背負子(しょいこ)の紐を握りしめて鼻を鳴らした。 「冗談言っちゃいけねぇ!会ったばかりのオカマと女の蔵に転がり込むほど、俺ぁま…

辻噺 九十七話 浅草奥山渡世人忖度

手妻師の藤山進之助が雑踏の彼方へと去っていった後、浅草奥山の広場には、大独楽を回す松井源水のけたたましい「おはよォーッ!」という咆哮と、それに沸き立つ群衆の地鳴りのような拍手だけが残されていた。 ござの上の赤樫の調合箱の前にしゃがみ込み、煙…

辻噺 九十六話 浅草奥山燃ゆる香具師

二間四方の高舞台の上で、白刃の切っ先を滑る大独楽(おおごま)が、キリキリと激しい風切り音を立てていた。 群衆の地鳴りのような歓声と、舞台へ雨あられと降り注ぐ投げ銭の音。その圧倒的な熱狂の渦から少し離れた柳の木陰――。七味の調合台の前にぽつんと…

辻噺 九十五話 浅草奥山歯磨き粉

昼下がりを告げる鐘が、日本橋本町の鐘撞堂から低く重く鳴り響いた。 木場を出て永代橋を西へ渡り、日本橋川沿いの小網町(こあみちょう)の河岸場へ差し掛かる頃には、真夏の陽光が頭上から容赦なく照りつけ、醤油問屋の蔵前には、荷揚げを待つ大樽の甘辛い…

辻噺 九十四話 続・深川所縁烏合衆

深川木場、材木問屋「扇屋」の裏手に広がる材木置場には、容赦のない真昼の陽光が照りつけ、乾いた杉と赤松の強い脂の匂いが立ち込めていた。 堀割の水面(みなも)からは生ぬるい風が吹き上がり、貯木場に浮かぶ無数の丸太の隙間では、油蝉が声を限りに鳴き…

辻噺 九十三話 深川所縁烏合衆

薬研堀(やげんぼり)の古いからし屋の店先を出た頃には、日差しも強く、路地の敷石をじりじりと焼き始めていた。 肩から斜めに背負い込んだ風呂敷包みには、善光寺八幡屋の八ツ房焙煎唐辛子、紀州有田の陳皮(ちんぴ)、但馬朝倉の粉山椒など、一座分の極上…

辻噺 九十二話 からし屋山徳薬研堀

延享二年、六月二十九日。 からりと明け放たれた浅草・花川戸の空は、真夏の熱気を土壁の隙間からジリジリと送り込んできていた。 新調されたばかりの青畳の上で、勝代が煙管(きせる)の吸い殻をトントンと灰落としに叩きつけた、その時である。 「――へぇっ…

辻噺 九十一話 深川の夜明け

延享二年、六月二十九日。 からりと晴れ渡った深川の朝、堀割沿いに揺れる青柳の影を、竹の釣竿を肩に担いだ四つの若い影が、素足に下駄をカランコロンと鳴らして歩いていた。 男物の擦り切れた黒羽織を粋に引っ掛け、真ん中を叩き潰した「つぶし島田」の髷…

辻噺 九十話 浅草ならでは雷おこし

新之助たちの駕籠が去り、蔵の中に平穏な空気が戻ったのも束の間――。 表の花川戸の通りから、ズラリズラリと地を鳴らす無数の足音が押し寄せてきた。 ガラリッ!! と、土蔵の黒塗りの扉が左右へ乱暴に開け放たれる。 逆光の中、土間に現れたのは、黒羽二重…

辻噺 八十九話 三者三様三社は八苦

花川戸の路地を抜け、浅草川沿いの人目の途切れた御蔵裏の空き地へ出ると、供回りを控えた黒塗りの頑丈な網代駕籠(あじろかご)が、真夏の背高い夏草の陰に息を潜めるように待機していた。 浅倉と柴田が左右の簾を恭しく掲げ、新之助の大柄な体がどっかりと…

辻噺 八十八話 大江戸八十八屋新之助

延享二年、六月二十八日。早朝の花川戸の路地に、からりと乾いた朝風が吹き抜けていた。 「姐さん! お菊さん! また来るねぇ!」「あー、暑すぎて死ぬかと思ったよー!」 男物の黒羽織の裾を翻し、素足に下駄を鳴らして、菊弥、鳶吉、茶々丸、梅奴のよった…

辻噺 八十七話 深川辰巳芸者 菊弥の前夜

花川戸の土蔵の店先、夕暮れの路地に据えられた素焼きの七輪の上で、竹串を打たれた小ぶりなハゼが、爆ぜる炭火の熱を浴びて小気味よい音を立てていた。立ち上る白煙とともに、焦げた川魚の香ばしい匂いが路地に満ちていく。 勝代は団扇をパタパタと煽りなが…

辻噺 八十六話 浅草奥山助六気取り

「おお、なんだいあいつら、女二人でど派手じゃねぇか!」「へぇ、男物の羽織で三味線掻き鳴らして、隣じゃ小娘が扇二枚でくるくる回ってらぁ!」 奥山の広場に響き渡る勝代の猛烈な撥音(ばちおと)と、おこうの華麗な二枚扇の舞いに、行き交う江戸の野次馬…

辻噺 八十五話 浅草奥山芸者の闇

延享二年、六月二十七日。 夏の熱気のこもる花川戸の土蔵には、早くも朝から現実的な懐の寒風が吹き抜けていた。 真新しい青畳の上、新調した座卓の木目を指先で弾きながら、勝代が渋面を作って唸り声を上げた。 「……なぁお菊。あたしの懐にゃ、新之助の爺さ…

辻噺 八十四話 不幸中の幸い

浅草川(隅田川)の西岸、花川戸へと続く通りを、右手と右足、左手と左足を同時に前へ繰り出す、無駄な上下動の一切ない独特の足さばき――いわゆる「なんば歩き」で、風を切り裂くようにスタスタと疾走する男がいた。 笠を目深に被り、藍染めの町人羽織を着流…

辻噺 八十三話 江戸湊とたらい舟

延享二年、六月二十四日。 花川戸の土蔵の隙間から、真夏の眩しい朝の光が幾筋も差し込んでいた。真新しい青畳の上で、大男用の藍染めどてらにみのむしのようにくるまり、口の端から盛大に涎(よだれ)を垂らして「ぐごぉぉぉ……」と喉を鳴らしている勝代を尻…

辻噺 八十二話 花川戸の雪駄

黒塗りの重い土扉が、ギギィと軋んだ音を立てて閉ざされた。 外の花川戸の夕暮れが遮断され、土蔵の中には、真新しい青畳のすがすがしい井草の香りと、新築特有の生漆の匂いだけが、夕闇の底に沈み込んでいる。 土間に据え置かれた旅車一号。 がらんとした蔵…

辻噺 八十一話 花川戸の蔵

両国橋の反り橋を西へ下りると、浅草川(隅田川上流)沿いの道は、荷揚げの舟を待つ馬や大八車で砂埃が白く煙っていた。 その雑踏の中を、赤樫の三輪車――旅車一号が、車軸から「ギィ……ギィ……」と油の切れた軋み音を立てて転がっていく。 前枠を梶棒ごと怪力…

辻噺 八十話 増えるつぶし島田

煮売茶屋の暖簾(のれん)をくぐり、あさりの出汁で胃袋を温めた六人が、木場の堀割沿いの道を連れ立って歩いていると、源三が太い首を巡らせて思い出したように呟いた。 「そういや……親方に、道中のことを話す約束だったな」 勝代が座布団の紐を結び直しな…

辻噺 七十九話 深川飯と辰巳芸者

木場の掘割に架かる小橋を渡り、朝の活気に包まれた煮売茶屋の縄暖簾(のれん)をくぐった。 土間の帳場へ、勝代が懐から寛永通宝を百八十文、前払いで小気味よい音を立てて卓へ置く。 「親父! あさり飯を六人前、大盛りで今すぐ持ってきな!」 六人が土間…

辻噺 七十八話 深川の実感がない女

延享二年、六月二十三日。 朝の陽が高くなり始めた頃。 深川木場、材木問屋「扇屋」の裏手に建つ材木蔵の隙間から、真夏の容赦ない陽光が幾筋もの光の帯となって差し込んでいた。舞い上がる杉の木屑と、乾いた檜の脂の匂い。 薄汚れた古布団の上で、一番に跳…

辻噺 七十七話 深川辰巳の娘衆

延享二年、六月二十三日。 朝の陽が高くなり始めた頃。 深川仲町の路地裏には、すでに真夏のねっとりとした生温かい潮風が吹き溜まっていた。 富岡八幡宮の別当・永代寺の門前から一本入った、どぶ板の腐った臭いと糠味噌の匂いが立ち込める長屋の二階。 細…

辻噺 七十六話 深川帰還で泥睡

夜を知らせる鐘が、増上寺の森から重く響き渡る頃、芝浦の砂浜を抜けた三人組の足取りは、もはや歩くというよりも、泥の中で手足を前へ投げ出すような緩慢なものになっていた。 石垣と堀割が幾重にも入り組み、大八車の軋む音と、天秤棒を担いだ棒手振りの濁…

辻噺 七十五話 玉川下流に至る

延享二年、六月二十二日。 瀬谷の木賃宿の薄暗い土間を出たのは、朝の光がようやく露を乾かし始めた頃だった。 街道の板戸を開けた瞬間、むわっとする熱風とともに流れ込んできたのは、東海道のような潮騒でも、箱根の山風でもなく、青臭い肥立ちの土の匂い…

辻噺 七十四話 平塚から中原道へと

延享二年、六月二十一日。 朝の光が高くなり始めた頃。 大磯宿の木賃宿を出た一行は、相模湾の潮風を背に受け、東海道の平坦な砂利道を東へと歩き出した。 平塚宿の手前、川の河口に架かる板橋の袂に差し掛かった時、欄干の木札を見上げた勝代が、煙管をくわ…

辻噺 七十三話 酒匂川の徒渡

延享二年、六月二十日、朝。万町今井組の土間に、初夏の眩い朝の光が斜めに差し込んでいた。 背負子に括り付けられた旅車の部材の前で、お菊が手ぬぐいを結び直し、最後の一枚の板を旅車の尻板へしっかりと括り付けた。 「貼りつけたわよ」 勝代が身を乗り出…

辻噺 七十二話 小田原宿で一夜干し

小田原城下の裏手、大手門の北を流れる早川の上流から引き込まれた用水沿いに建つ、黒板塀の屋敷。 土間に据え置かれた旅車一号を取り囲み、小倉織の着流しを片肌脱ぎにした五十格好の筋骨たくましい男――万町(よろずちょう)今井組の親分・今井甚兵衛が、煙…


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